こんばんは。早いもので、法政通教を卒業してから20日が過ぎようとしています。
学位授与式の様子を書こう、書こうと思いつつ今日まで来てしまいました
既に、ブログ仲間のhoseiさんがその様子をブログに書いているし、私自身も携帯投稿ですが写真をアップしているので、「もう書かなくても良いかな?」とも思いましたが、一応のケジメ
として書くことにしてみました。
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3/24早朝、泊り込んでいた職場を出て家に戻りました。上司に「今日は、休みます!」というメモ(休暇手続き)
を残して・・・
家に戻り、シャワーを浴びてちょっとだけ仮眠
ここで寝過ごしたら、何のためにここまで頑張ってきたのかが、わからなくなってしまう
そうそう、学位を貰うために必要な学生証等を忘れないようにしなくては(;;;´Д`)
三島駅7:58分発の新幹線
で東京へ向かいました。
新幹線を降り、そこから大手町駅まで歩き、東京メトロ東西線にて九段下駅へ
九段下駅、すごく混んでいました。人ごみの中、流れに沿って歩いていくと、そこは武道館・・・
なんか、これを見ただけでちょっとウルウルきてしまいました(´;ω;`)ウウ・・・
最近は大学の卒業式に両親揃って出席するパターンが多いようです。あちらこちらで記念の写真撮影
をしていました。
で、私はどう見えているかな(学生、兄、ひょっとして親?)、なんて思いながら会場へ。
袴姿の女子学生がたくさんいました。「はいからさんが通る」ファンとしては、紅緒が着ていた柄が“素敵だなぁ”と思いましたね(結構、着ている子がいました)。
写真
ではわかりづらいですが、「武道館」と書いてあります。
ここまで来て、「ちょっと場違い
」なんて後悔の念がでてきて、帰ろうかと(卒業式には出ないで、別会場で学位記だけもらおうか)迷ってしまいました
しかし、ここまで来たら行くしかありません。行きましたよ、会場へ。
でも、若い衆(通学生)に紛れ込む勇気のなかった
私は、学生用の席ではなく、2階の保護者席へ向かったのでした。
色々な思いを駆け巡らせながら待っていると、法政大学吹奏楽団の演奏と伴に来賓や先生方が入場してきて、とうとう始まりました。
第127回法政大学学位授与式(卒業式)が
・演奏楽曲「篤姫のテーマ←なぜ?、話題だから?」、「旅立ちの日に←いい曲ですね、私、大好きです」、「栄光の架け橋←オリンピックを思い出します」
今から十数年前、一つ目の大学を卒業した時は、こんなに感動していただろうか?やはり、いろんな困難があったり、自発的な学習をしていたからであろう。
「卒業した学校を“誇り”に思うか否かは、その学校が立派であるかどうかということもさることながら、自身の学校(卒業)や勉学に対する思いの強さに比例するんだろうな~」なんてことを、式典の間中ずっと考えていました。
ただ、自分が歳を取ったせいなのか、若い衆(通学生)が少し浮かれているようにも感じました。
それこそ、十数年前、私の前回の卒業時は2ヶ月前に阪神淡路大震災があったので、東海地震が来るという静岡県で建設業界に携わることとなった私は「大丈夫か?やっていかれるのだろうか?」といった不安な気持ちで押しつぶされそうでした。
もっとも、通学生の若者だって不安があるでしょうし、今の私が十数年前の自分を見れば、そこには今の若い衆以上に痛いほど浮かれていた“私”がいたのかもしません。
式典の進行自体は、淡々と続いていくのですが、以下、記憶に強く残ったところだけ(通教関係)記載します。
・平成20年度の通信教育課程卒業生(2008.9卒業含む)269名
→3学部(法学部・経済学部・文学部)の合計です。2008年5月現在の通教の学生数は8200人だったので、単純に卒業生で割ると3.3%、4年制なので4倍しても13.1%。途中で退学・除籍となる方も結構な数いるので、卒業までたどり着くのは7~8%くらいではないかと思います(あくまでも私見です)。ちなみに、平成19年度は316名の方が卒業されました。
・総長が通教生の話をした
→現総長は、長年に渡って通信教育課程の卒業論文(経済学部、テーマ:経済政策)の指導を担当されてきました。そういう下地もあったのでしょうが、ハレの日である学位授与式の総長祝辞で通教(生)について述べたわけです。特に通学生に向けて、「社会に出てからも、この大学は開かれている(戻ってこれる)」、「仕事を持ちながら学んでいる通教生の卒論指導を担当してきて、その学習意欲や経験に基づいた見地に感心した。このような人達と君達(通学生)は同窓生であるということを誇りにして欲しい」といったことを述べられました。本当の本当に、嬉しかったです。見ていてくれる人は見ていてくれるんだと思いました。この総長の名前で学位記を授与されたことを誇りに(嬉しく)思い、「この学校で学んでよかった」と心底感じました。
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式が終了後、玉ねぎを見ながら学位記を貰いに会場のある飯田橋まで歩いていきました。
玉ねぎ、補修中かどうかわかりませんが、周りを足場か柵で囲われていました。みなさんはどう感じたかは分かりませんが、私には当日の玉ねぎは光り
輝いて
見えました。
よかったら、H21.3.14記事の玉ねぎと比べて見てください。
学位記授与会場である、ホテルメトロポリタンエドモントに着いたのは、授与開始の10分前。
とりあえず、時間まで待って開始時刻になったら速攻でいただきました。
事務の方から「おめでとうござまいます」と言われ、いただいたのですが・・・
何か、“事務手続き、作業感”が否めなかったです。しかし、何はともあれ学位記までたどり着きました。自分の名前の入った学位記を目にしたときの感動といったら、言葉にできませんでしたね。
その後の通信教育部主催の祝賀会は、会費5000円ということと、知り合いがいないということでパス
で、向かったのは思い出の地、浅草。
飯田橋駅から都営地下鉄大江戸線に乗り、蔵前駅で下車。
国際通りを北上しながら浅草へ到着。
途中、携帯を見て、その日がWBC決勝戦
ということを思い出しました。
途中、WBC観戦兼昼食(飲み
)
侍ジャパンの優勝
を確認して、浅草寺でお礼参りをしたのですが・・・
な、な、なんと、改修中∑(゚∇゚|||)
玉ねぎに続いて浅草寺も改修中とは、“何かを呼ぶ男、ウッチー”の面目躍如です
その後、家路につくのですが、鈍行
で帰ったら、今度は1本前の電車が大磯駅で人身事故・・・
結局、1時間遅れくらいで三島駅へ到着。
気力を振り絞って、三島大社へお礼参り。
写真で見るとおり、真っ暗でした(後日、改めてお礼参りしました)
その後、焼きとり てっちゃんで一人祝杯(昼もしたような・・・)をして、長~い、長~い、平成21年3月24日が終わりました
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