おはようございます。
先日の木・金曜と静岡市へ出張(研修)したのですが、その時の講義内容に絡めて講師からこの本の名前が出てきました。 中学生の頃、文化祭の演劇でこれをやったんですよね(確か石工○○とかいう端役でした)。
これって、実在(モデル)があっただなんて知りませんでした。もっとも、小説なので多分に脚色はしていますが、長い年月をかけて人力で「青の洞門」を掘ったということは事実で、それが現存していることには驚きでした。
「青の洞門」についてWikipediaより引用
青の洞門(あおのどうもん)
大分県中津市本耶馬渓町にある耶馬渓の山国川に面してそそり立つ競秀峰の裾にある洞門(隧道、トンネル)である。大分県指定史跡。全長は約342m。1763年(宝暦13年)4月完成といわれている。
概略
諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚は、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇って「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」といわれている。この逸話を元にして書かれたのが菊池寛の『恩讐の彼方に』であり、「青の洞門」はこの小説の中で命名されたものである。
現在は、自動車を通過させるため(旧国道212号)、完成当時よりかなり変形しているが一部にノミの跡が残っている。地形の関係上車幅が狭く、信号を使った交通整理(片側交互通行)が行われている。
開通後、禅海が通行人から通行料を徴収したという話が伝わっており、この洞門は日本最古の有料道路とも言われている。
1950年(昭和25年)に耶馬日田英彦山国定公園に指定。晩秋の紅葉時期は特に観光客が多い。
講義(研修)内容は、トンネルの設計・施工技術に関するものだったんですが、中学生の頃は今の仕事(建設技術者)に就いているなんて、考えもしていませんでした(^-^;
時代はぐっくと後になりますが、静岡県内でも明治初期に「宇津之谷隧道」が有料道路として建設されています。また、道路ではありませんが、「箱根用水路(深良用水)」は「青の洞門」よりも古いトンネルです。
建設技術に限りませんが、工学部系の技術(知識・技能)が昔から多くの不便を解消してきました。それは歴史が証明しています。ところが、今はどうでしょう?今も同じく、多くの不便を解消しているのでしょうが、そのことに対する評価は下がり続けているように思います。
先日の「5年間で工学部への希望者が4割減」という記事、私のブログではアクセス数が多いのですが、これは記事にあるように“技術者は報われない”と感じている人が多いからでは、と思っています。“他に面白い記事がないよ”という事は置いといて・・・
私自身、今・将来を考えると今後どうすべきかと、思うところ沢山あります(結論は出ていませんが)。組織内の評価はもちろんですが、それよりも部外(一般的)の評価・関心が上がっていくことが技術者のモチベーションを保つのには大切であると感じています。それには、技術者側からも情報を発信していく必要があるのですが、業界内に発信するのは得意(熱心)でも部外に発信するのは苦手(無関心)という人が多いという事実もあって・・・
この小説を読んで、どれだけ建設技術に関心を持つ人がいるか分かりませんが、このような有名な作品の中にも登場しているんだ、と私自身が認識した次第です。
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